このノートはルネ・トムが提唱したカタストロフ理論(正確に言えば初等カタストロフの分類定理)を自分なりにまとめたものです。証明パートは私の手に負える範疇にありませんので割愛しております。独学ゆえ至らぬところが多々あると思われます。何かありましたらissueをぶん投げていただくかtwitterで質問していただければ幸いです。私の力が及ぶ範囲で対応したく存じます。
まず始めに、『カタストロフ理論』という極めてカッコいい名前に感化され過ぎないよう主定理たる初等カタストロフの分類定理をざっくり眺めてみましょう。
定理 1.1 (初等カタストロフの分類定理)
\[\begin{aligned} &(1) \quad x \\ &(2) \quad Q(x_1, \cdots, x_n) \\ &(3) \quad x^3 + ax + Q(x_2, \cdots, x_n) \\ &(4) \quad \pm x^4 + ax^2 + bx + Q(x_2, \cdots, x_n) \\ &(5) \quad x^5 + ax^3 + bx^2 + cx + Q(x_2, \cdots, x_n) \\ &(6) \quad \pm x^6 + ax^4 + bx^3 + cx^2 + dx + Q(x_2, \cdots, x_n) \\ &(7) \quad x^3 + y^3 + axy + bx + cy + Q(x_3, \cdots, x_n) \\ &(8) \quad x^3 - xy^2 + a(x^2 + y^2) + bx + cy + Q(x_3, \cdots, x_n) \\ &(9) \quad \pm (x^2y + y^4) + ax^2 + by^2 + cx + dy + Q(x_3, \cdots, x_n) \\ \end{aligned}\]
4個以下のパラメータを持つ$C^\infty$級関数$f(x_1, x_2, \cdots, x_n)$がある点$a$の周りで安定であるとき、点$a$の近くでの$f$の振る舞いは、以下の9パターンの関数のいずれかの原点付近の振る舞いに同じになる。ただし、$x := x_1、y := x_2、Q(x_1, \cdots, x_n) := \sum_{k=1}^n(\pm x_k^2)$ 。$a、b、c、d$は関数のパラメータである。
ある点周りで安定であるとは、関数を微小に変化(摂動)させたとき、その点における関数の振る舞いと元の関数の振る舞いが変わらないということを意味しています。定理1.1は、たとえパラメータづけられた関数(関数族)が莫大な数の変数を持とうとも、その関数が安定であるならば、関数をパラメータが絡む高々2個の変数を持つ本質的な部分とそれ以外の非本質的な部分に分離できることを示しています。非本質的な部分の関数$Q$は原点でのみ臨界点(すべての偏微分係数が0になる点)を持つ単純な関数なので、定理1.1は関数の臨界点周りの振る舞いを調べるのに特に便利です。以降の項ではカタストロフ理論に関係する概念を導入して、より厳密に定理1.1を表現していきます。
カタストロフ理論の応用についても少し触れておきます。応用においては、あるパラメータの点における関数はその点におけるシステムを表すモデル、パラメータを除く変数は観測者が制御できないシステムの状態を表す変数(内部変数、状態変数)、パラメータの変数は観測者が制御できるシステムに影響を与えうる変数(外部変数、コントロール変数)を意味しています。カタストロフ理論で関数ではなく関数族を扱う理由はこの2つの変数を区別するためです。カタストロフ理論が主張するのは『カタストロフ理論が要請する条件や仮定を満たすようシステムを適切にモデル化できるのであれば、すべての現象(システムの状態変化)は分類、あるいは予測可能である』ということです。刺激的な主張でありますが、太字の部分の制限を慎重に扱わなければいけません。この制限が軽視されたためにカタストロフ理論が過大に評価されてしまったり、応用においてカタストロフ理論が不適切に用いられてしまったりした歴史があります。
定理1.1からわかるように初等カタストロフの分類定理はある点における関数の局所的な振る舞いを分類しています。そこで写像の局所的な振る舞いを調べるのに便利な写像芽を導入します。
定義 1.2 (写像芽)
写像$f、g: R^m \rightarrow R^n$が点$a(\in R^m)$のある近傍$U$で$f|_u = g|_u$が成り立つとき、$f$と$g$は$a$で同じ芽を持つという。この『$a$で同じ芽を持つ』という同値関係による写像の同値類を$a$における写像芽といい、特に、$n=1$の場合は関数芽という。 $f$を代表元とする$a$における写像芽を$[f]_a$、または写像の変数を明示して$[f(x)]_a$と表記する。
$a$における代表元$f$の値を明示したいときは写像芽を$F: (R^m, a) \rightarrow (R^n, b)$とも表記する(ただし$F=[f]_a、b=f(a)$)。
写像芽には芽のある点$x$における写像の局所的な情報がすべて含まれています。例えば、写像芽に含まれる写像芽が芽の位置で微分可能であるならば、その点における微分係数はすべての元で一致します。カタストロフ理論では専ら$C^\infty$級(微分同相)写像芽を用いますが、この写像芽はすべての$C^\infty$級(微分同相)写像を含む集合における同値類を意味します。
ところで、点$x$の近傍を十分に小さく取れば、$x$における写像芽に含まれる任意の写像をその近傍で制限したすべての写像は定義から一致します。この考えを推し進めると、ある十分に小さい正の実数$r$が存在して、写像芽におけるすべての同値関係はある点$p$を中心とする半径$r$の開球$B_r(p)$を近傍とすることで成立します。この$r$をこのノートでは基準半径$r_c$と呼ぶことにします。
写像芽は芽の位置に気をつければ通常の写像と同じような演算を定義できます。以下に後の項で使う写像芽の演算をまとめています。これらの演算は代表元の取り方によらず一意に定まります。
定数倍・平行移動
写像芽$F: (R^m, a) \rightarrow (R^n, b)$の代表元を$f$、$c \in R$、$d \in R^n$とすると、
$cF := [cf(x)]_a: (R^m, a) \rightarrow (R^n, cb)$
$F + d := [f(x) + d]_a: (R^m, a) \rightarrow (R^n, b + d)$
和・積
写像芽$F: (R^m, a) \rightarrow (R^n, b)$の代表元を$f$、写像芽$G: (R^m, a) \rightarrow (R^n, c)$の代表元を$g$とすると、
$F + G := [f(x) + g(x)]_a: (R^m, a) \rightarrow (R^n, b + c)$
$FG := [f(x)g(x)]_a: (R^m, a) \rightarrow (R^n, bc)$
直積
写像芽$F: (R^m, a) \rightarrow (R^n, b)$の代表元を$f$、写像芽$G: (R^p, c) \rightarrow (R^q, d)$の代表元を$g$とすると、
$F \times G := [(f(x), g(x))]_{(a, c)}: (R^m \times R^p, (a, c)) \rightarrow (R^n \times R^q, (b, d))$
合成
写像芽$F: (R^m, a) \rightarrow (R^n, b)$の代表元を$f$、写像芽$G: (R^n, b) \rightarrow (R^l, c)$の代表元を$g$とすると、
$G \circ F := [g \circ f]_a = [g(f(x))]_a: (R^m, a) \rightarrow (R^l, c)$
制限
写像芽$F: (R^m \times R^r, (a, b)) \rightarrow (R^n, c)$の代表元を$f$、$x \in R^m$とすると、
$F|_{R^m \times {b}} := [f(x, b)]_a: (R^m, a) \rightarrow (R^n, c)$
(写像の変数の一部分を固定する演算です。厳密には違うと思いますが適切な語がわからないので『制限』と呼んでいます。正しい名前をご存知でしたら教えていただきたく存じます。)
以降は表記を単純にし、かつ、変数を明示するため$G(F(x))$(合成)や$F(x, b)$(制限)といった表現を多用します。
関数族を扱う前により単純な関数で安定性という概念に慣れておきます。例えば$x^3$という関数を摂動させることを考えてみましょう。具体的には$-\epsilon x(\epsilon > 0)$を加えた$x^3 - \epsilon x$という関数を調べてみます。$-\epsilon x(\epsilon > 0)$を加えたとき、原点付近では極小点と極大点が生まれるという劇的な変化が起こります。この関数の形状の変化は関数の変化($\epsilon$の大きさ)をどれだけ小さくしたとしても避けることができません。この性質から$x^3$は関数として安定ではないと言えます。ここで2つの定義を導入します。
定義 1.3 (写像芽の右同値)
\[f(x) = g \circ h(x) + (b - b') \quad (x \in R^m)\]
写像芽$f: (R^m, a) \rightarrow (R^n, b)$と$g: (R^m, a’) \rightarrow (R^n, b’)$が右同値であるとは、 ある$C^\infty$級微分同相写像芽$h: (R^m, a) \rightarrow (R^m, a’)$が存在して、が成り立つことをいう。
以降は右同値を単に同値と呼称します。写像芽$g$の座標をうまいこと変換して$f$の芽の位置を$g$の芽の位置に平行移動させれば$g$と一致する、というのが写像芽の同値の気持ちです。
定義 1.4 (写像芽の構造安定性)
$C^\infty$級写像芽$F: (R^m, a) \rightarrow (R^n, b)$が構造安定であるとは、$F$の任意の代表元$f$と$a$の任意の近傍$U$において、$U$ごとに定まる$f$のある近傍$N_U$が存在して、$N_U$に含まれるすべての写像が適当な芽の位置$a’(\in U)$を選べば写像芽として$F$に同値になることをいう。
写像の$C^\infty$同値や安定写像という概念をご存じの方は右同値や構造安定性と混同しないよう注意してください。写像の近傍(近さ)を厳密に議論するためには適切な位相(Whitney位相)を写像空間に導入しなければいけませんがここでは割愛いたします。上の例では$\epsilon$が小さいほど$x^3$に近いと考えてください。写像を摂動させたときに写像が”ぶれる”範囲が近傍$N_U$にあたります。$x^3 - \epsilon x$が極小点と極大点持つことを使えば$x^3$が原点で安定ではない($[x^3]_0$が構造安定ではない)ことがわかります。
任意の$C^\infty$級関数の正則点(臨界点でない点)における関数芽は構造安定です。また、臨界点における関数芽が構造安定であるための必要十分条件は臨界点における代表元のヘッセ行列が退化していないことであるという結果が知られています。
次に関数の安定性を関数族の安定性に拡張していきます。ここでは関数族として$x^3 + ax$を考えてみましょう。前項であげた$x^3 - \epsilon x$と似ていますが$a$は定数ではなくパラメータであることに注意してください。前項で考えたように$x^3$は関数として安定ではないので$a$を正の値から負の値に変化させていくと、単調増加で臨界点を持たない関数から($a > 0$)、原点でのみ臨界点と変曲点を持つ関数を経て($a = 0$)、極小点と極大点を持つ関数($a < 0$)と遷移していきます。ここで前項と同じように$-\epsilon x $で関数族を摂動させてみると$x^3 + ax - \epsilon x \ = x^3 + (a - \epsilon)x$となります。パラメータを変換して$a’=a - \epsilon$とおけば、元の関数族と同じ振る舞いをもつ関数族$x^3 + a’x$が再生でき、$x^3 + ax$は少なくとも$-\epsilon x $の摂動に対しては安定であることがわかります。紹介したのはtrivialな例ですが、関数の安定性と関数族の安定性が大きく違うものであるとわかっていただければ十分です。そして、安定した関数族がどのような分類になるかが初等カタストロフの分類定理の主張したいことです。
関数族の安定性を考えるときは、関数だけではなくパラメータ空間のどこの点で摂動が行われるかも重要になります。そこで開折という概念を導入します。
定義 1.5 (写像の開折)
\[F(x, b) = f(x) \quad (x \in R^m)\]
$C^\infty$級写像芽$F: (R^m \times R^r, (a, b)) \rightarrow (R^n, c)$と$C^\infty$級写像芽$f: (R^m, a) \rightarrow (R^n, c)$があり、を満たすとき、$F$を$b$を中心とする$f$の開折という。また、$r$を開折次元という。
値域が$R$の開折$F$は今までパラメータづけられた関数あるいは関数族と呼んできたものに相当します。$R^r$はパラメータが定義されている空間です。次に開折の同値関係を定義します。
定義 1.6 (開折の同値)
\[G(x, u) = F(H(x, u), h'(u)) + \alpha(u) \quad (x \in R^m、u \in R^r)\]
$C^\infty$級写像芽$f: (R^m, a) \rightarrow (R^n, c)$の開折を$F: (R^m \times R^r, (a, b)) \rightarrow (R^n, c)$、$C^\infty$級写像芽$g: (R^m, a’) \rightarrow (R^n, c’)$の開折を$G: (R^m \times R^r, (a’, b’)) \rightarrow (R^n, c’)$とする。$F$と$G$が同値な開折であるとは、$C^\infty$級微分同相写像芽$h: (R^m, a’) \rightarrow (R^m, a)$とその開折$H: (R^m \times R^r, (a’, b’)) \rightarrow (R^n, a)$、$C^\infty$級微分同相写像芽$h’: (R^r, b’) \rightarrow (R^r, b)$、$C^\infty$級写像芽$\alpha: (R^r, b’) \rightarrow (R^n, c’- c)$が存在して、が成り立つことをいう。
開折の同値は開折次元を0にすれば写像芽の同値に一致します。開折の同値は言い換えると「パラメータの点毎に写像芽が同値になるようなうまい座標変換$H_u(x)$と平行移動$\alpha_u$を用意できる」といった具合で写像芽の同値の自然な拡張になっています。同じように写像芽の構造安定性を開折の構造安定性に拡張できます。
定義 1.7 (開折の構造安定性)
開折$F: (R^m \times R^r, (a, b)) \rightarrow (R^n, c)$が構造安定である、あるいは安定開折であるとは、$F$の任意の代表元$f$と$(a, b)$の任意の近傍$U$において、$U$ごとに定まる$f$のある近傍$N_U$が存在して、$N_U$に含まれるすべての写像が適当な芽の位置$(a’, b’)(\in U)$を選べば開折として$F$に同値になることをいう。
今までの項で準備した概念を使って初等カタストロフの分類定理をより厳密な形で表現します。
定理 1.8 (初等カタストロフの分類定理)
\[\begin{aligned} &(1) \quad x \\ &(2) \quad Q(x_1, \cdots, x_n) \\ &(3) \quad x^3 + ax + Q(x_2, \cdots, x_n) \\ &(4) \quad \pm x^4 + ax^2 + bx + Q(x_2, \cdots, x_n) \\ &(5) \quad x^5 + ax^3 + bx^2 + cx + Q(x_2, \cdots, x_n) \\ &(6) \quad \pm x^6 + ax^4 + bx^3 + cx^2 + dx + Q(x_2, \cdots, x_n) \\ &(7) \quad x^3 + y^3 + axy + bx + cy + Q(x_3, \cdots, x_n) \\ &(8) \quad x^3 - xy^2 + a(x^2 + y^2) + bx + cy + Q(x_3, \cdots, x_n) \\ &(9) \quad \pm (x^2y + y^4) + ax^2 + by^2 + cx + dy + Q(x_3, \cdots, x_n) \\ \end{aligned}\]
関数芽が開折次元4以下の安定開折であるとき、以下のいずれかの関数の原点における関数芽に開折として同値になる。 ただし、$x := x_1、y := x_2、Q(x_1, \cdots, x_n) := \sum_{k=1}^n(\pm x_k^2)$ 。 また、$a、b、c、d$は開折のパラメータであり、パラメータをすべて0にしたとき開折の中心が得られる。
分類定理を実際に使うためには与えられた関数芽がどれに分類されるかを決定する必要があります。開折の中心における関数芽を$f$としたとき、fの芽の位置が正則点であるならば(1)、ヘッセ行列が非退化である臨界点ならば(2)、それ以外の臨界点(退化臨界点)は(3)から(9)に分類されます。
退化臨界点が(3)から(9)のいずれに帰属するかを調べるには余次元、余階数、確定数といった概念が必要になります(いつか加筆したい)。実際の応用では、モデルをうまく単純化したり座標変換したりして上に列挙した安定開折のどれかに一致させるといった方法がよく使われています。
応用までがっつり踏み込むと手に負えなくなりそうなので概要を示すことに留めておきます。